(2009年5月13日のブログ記事より)
福岡市西区にある、小戸(おど)公園。
目の前に海が広がり、潮風が最高に気持ちいいです
桜の名所でもあるこの公園には、小高い丘もあって、空の青と海の青、
そして木々の緑が素敵なコントラストになっていて、母なる地球の命と優しさを感じることのできる、大好きな場所です![]()
ここ小戸公園で、昨年9月、息子が母親に殺害されるるという、あまりにも悲しい事件が起きました。
最初、犯人がまさか母親とは想像できなくて、息子を失った母の気持ちを考えたら居たたまれなくなり、3日間プチ引きこもりになりました。
そんな気持ちに一区切りつけたくて、お花を供えに行ったのですが、
その翌日、母親が逮捕されるというショッキングな結末に、言葉を失いました(;し;)
それ以来、大好きだった小戸公園から、足が遠のいていたのですが…
知覧の桜祭りでお会いした青木さんに誘われて、小戸公園の中にある『妙見神社』 にお参りにいきました。
あんなにお何度も訪れていたのに、小戸公園の最西端に、ちっちゃなかわいらしい神社があることは、知りませんでした。
妙見神社で手を合わせたら、不思議と心が晴れやかになりました![]()
わたし、思うんですよね。
古来、自然の中に神様を見いだし、その自然を敬い、自然の中で感性を磨いてきた日本人にとって、毎日の生活そのものが神事だったのだ、と
そんな生き方が理想なのだけれど、今の世の中、なかなかそんなふうには生きられない…
だから、自分が自然の一部なのだということ、いつも神様と繋がっているのだということを感じるために、神社に行くんだなって。
なんだか今日はとりとめのない文章になってしましましたが、青木さんとのご縁と、優しい気持ちを運んでくれたくれた小戸公園の自然の素晴らしさに、心から感謝します。』
そういえば、わたしが Mikako-MaZenda と一緒に立ち上げた 『結婚コンサルタント・マゼンダ』 では、7月に素敵なイベントを計画しています。
あの 『名言セラピー』 が大ベストセラーになった ひすい こたろうサンと、
信州白炭の炭焼き職人で,一次産業のかっこよさと現場の感動を伝える活動に命を燃やしている原 伸介さんのコラボ講演です☆彡
「思い出してほしい!! 日本人の心、日本人の誇り、粋な生き方を…」
というのがテーマ。
原さんは、お仕事柄、日本の伝統・技術・文化を伝えていらっしゃいますが、
ひすいさんも、『日本セラピー』 という本を執筆中で、「日本の素晴らしさを、これでもかって伝える一冊にしたい」 とおっしゃっています![]()
今、時代はまさに 『日本』 ですね![]()
「愛が生まれる福岡の歴史スポット」 第3位!!
(2010年11月12日のブログ記事より)
先週から今週にかけて、RKB の 『豆ごはん』 という番組の取材を受けています![]()
九州内でしか見ることはできませんが、人気タレント ・ スザンヌさんも出演する、笑いと涙の心温まる番組です![]()
番組内の 「人生の道しるべ」 というコーナーで取り上げていただくのですが、
家庭での様子や闘病生活、それに研修講師 ・ 結婚コンサルタント ・ 歴女……と、幅広い活動の場を取材していただきました。
12月2日(木)午後7時から放送予定なので、九州にお住まいの方はぜひご覧くださいね
さまざまな場を取材していただいた中で、自分でけっこう気に入っているのは、
カリスマ歴女が選ぶ “愛が生まれる福岡の歴史スポット ベスト3” というコーナーです
第3位に選んだのは、マゼンダオフィスから程近い、大宰府の観世音寺。
“観世音寺” の名前は、千年の昔の 『源氏物語』 に出てくるのです![]()
しかも、大宰府という土地は、源氏物語に出てくる玉鬘 (たまかずら) という女性が育ったところ。
玉鬘は、とても田舎育ちとは思えない、気品に満ちた美貌の女性。
でも、浮ついたところがなくて、足元をしっかり見つめて、とても堅実な結婚をするのです。
前半生は、両親と離別したり、悲しみや苦難に満ちていますが、後半生は、
もしかしたら、『源氏物語』 に出てくるあまたの女性たちの中で、最も幸せだったんじゃないかと思います。
源氏物語の風雅な世界にひたり、玉鬘の幸せにあやかろう…
というわけで、第3位に観世音寺を選びました。
さぁ、第2位は……?
これは、明日、発表させてください
私のかなりお気に入りのスポットです
「愛が生まれる福岡の歴史スポット」第2位!!
(2010年11月14日のブログ記事より)
私が第2位に選んだのは、平尾山荘です![]()
平尾山荘は、地元 ・ 福岡の人たちにもあまり知られていない歴史スポット
なのですが、実は、この平尾山荘から明治維新が始まった…と言っても
過言ではないのです![]()
幕末、この平尾山荘に住んでいたのは、女流歌人 ・ 野村望東尼 (「もとに」
とも 「ぼうとうに」 とも読みます)。
彼女は、志士たちから母のように慕われていましたが、とりわけ縁が深かった
のが、高杉晋作です。
1864年10月…
長州藩といえば、最初から最後まで “倒幕” で一貫していたように思われがち
ですが、この時期の長州藩は、幕府の第一次長州征伐を控え、徳川幕府に
恭順しようとする 「俗論派」 が藩政を牛耳っていました。
倒幕派 (長州藩では 「正義派」 と言われます) の中心人物だった高杉晋作は、
身の危険を感じ、長州を離れ、関門海峡を渡って福岡にやって来ました。
そして、志士たちの母 ・ 野村 望東尼のもとに身を寄せます。
彼女は快く晋作をかくまいますが、すぐに、晋作が、他の志士たちとは一線を
画した、日本を変える男だということに気がつくのです。
晋作をかくまって10日が経った時…
望東尼は、ついに晋作に 「喝」 を入れます![]()
「あなたはこんな所でくすぶっている男じゃないでしょ
」 というワケです。
目が覚めた晋作は、意を決して、長州に戻るのですが、その朝、望東尼は、
晋作のために自ら縫った着物をプレゼントし、送りだしたと言われています![]()
さて、再び関門海峡を越え、下関に戻った晋作は、わずか数十人でクーデター
を起こします。
世に言う 『功山寺の挙兵』 です。
わずかな手兵の半分は、「力士隊」。
そうです、軍事訓練を受けたサムライたちでなく、そのへんにいるボーッとした
人々 (失礼
) を率いて、数千に及ぶ藩の正規軍を破ってクーデターを成功
させてしまったのですから、晋作恐るべし…です![]()
そして、この 『功山寺の挙兵』 がターニングポイントとなって、歴史は大きく
回天し、明治維新への流れが加速化していったのです![]()
『功山寺の挙兵』 への流れが、ここ平尾山荘からスタートしたことを考えると、
平尾山荘を 「明治維新発祥の地」 と呼びたくなってきますね![]()
ところで、太宰治の残した名言をご存知でしょうか?
「人は、恋と革命のために生まれてきた」
たった29年の人生で、この生き方を丸ごと実践したのが、高杉晋作です![]()
彼は、刀やピストルの代わりに三味線と愛人 ・ おうの を小脇に抱え、都々逸
(どどいつ) を口ずさみながら、明治維新という革命を起こしたのです。
しかも、彼は、長州藩の中でもとても家柄のいい上士なんです。
彼を革命に駆り立てたのは、ハングリー精神でなく、真の愛国心だったのですね![]()
晋作と望東尼の縁は、1867年に晋作がその短い生涯を閉じるまで続いていきます。
病身の晋作を献身的に看護する おうの を精神的に支えたのが、望東尼でした。
そして、いよいよ晋作がこの世を去る日…
彼は、「おもしろきこともなき世をおもしろく」 という上の句をつくります。
これに対して、望東尼がつけた下の句が、
「棲みなすものは心なりけり」 でした。
一般に晋作の辞世の句として知られているこの句は、実は、晋作と望東尼の
合作だったのですね![]()
平尾山荘で、恋と革命に生きた晋作に想いを馳せる…
「愛が生まれる福岡の歴史スポット」 として、これほどふさわしい場所はないかも
しれませんね![]()
さてさて…今日は、福岡市長選挙の日。
晋作のようには生きられなくても、せめて選挙で一票を投じるのは、市民として
の大切なつとめですね。
午前中に選挙に行って、夕方4時からは、前原 ・ 古材の森で 歴史講座を開催
させていただきます。
80名もの方々が聞きに来てくださる予定です。
やるべきことや志の大きさは違いますが、今日という一日を大切に思う気持ち
は、晋作が平尾山荘をあとにし、功山寺で挙兵した時の気持ちに決してひけを
とらないと自負しています。
晋作と望東尼の出逢いの地 ・ 福岡での歴史講座…
どうかお集まりくださる皆さまとともに、素敵な時間を過ごせますように
「愛が生まれる福岡の歴史スポット」第1位!!
(2010年11月16日のブログ記事より)
ジャジャジャ~ン
発表します……第1位![]()
それは飯盛山です![]()
福岡の西にある、飯盛山。
その山のふもとにある飯盛神社は、イザナミを祀っています。
結びの神 ・ 飯盛神社で日本人としての自分のお役目を確認したあとは、そのまま山道をドライブ…。
山頂に近い飯盛神社の中宮に立つと、福岡の町が眼下に広がっていて、絶景です![]()
さらに東に視線を移すと、若杉山が見えます。
若杉山にある太祖 (たいそ) 神社に祀られているのは、イザナギです。
そうなんです…![]()
実は、福岡は、 国生みの神さまであるイザナギとイザナミに見守られた愛の町だったんです
ですから…
福岡で生まれ育った皆さん![]()
それから、私のように生まれも育ちもよその土地だけれど、いま福岡に住んでいるという皆さん![]()
特別なパワースポットに行かなくても、私たちには、イザナギとイザナミの愛が注がれているんですね~
ハイ、もうパワースポットブームも終わりにしましょうね。
本当は、土地からエネルギーをもらうのではなく、自分が愛に溢れた存在であることに気づき、
生まれ育った土地 ・ いま住んでいる土地を愛し、その土地に誇りを感じると…
土地の神さまがお喜びになり……
その土地がパワースポットになっていくんですね
そうです、あなたがエネルギーの源であり、あなた自身がパワースポットなんです![]()
「私のいる所がパワースポット」
今日から、これでいきましょう~
さてさて、そんな愛の町 ・ 福岡で、日曜日、歴史講座を開催させてただきました。
80名を超える方々がお集まりくださり、笑顔いっぱい、時には涙してくださる方もいらっしゃり、ひとりひとりの心が響き合った、最高に素敵な時間が過ごせました
会場である “古材の森” に棲んでいらっしゃる “場の神さま” が、とても喜んでくださっていましたね![]()
会場にお越しくださった皆さま、そして、あいにく当日は都合がつかなくても、
ずっと気にかけてくださった皆さま、さらに遠く東京や仙台から応援してくださった皆さま…
本当に、本当に、ありがとうございました![]()
歴史講座については、また改めてご報告させていただきますね。
さぁ、明日から入院……病院をパワースポットに変えてきます![]()
検査結果がよかったので、今回が最後の抗ポン剤治療になる予定です。
この3年間、ポンちゃんとおつきあいができたおかげで、大事なことに気づかせてもらいました。
ポンちゃんとの出会いも含めて、最高に幸せな人生に、心から感謝します
人はみな、幸せになるために生まれてきたんですね。
人によって、幸せの概念は違うけれど、その人が最も幸せになる道を、
神さまはちゃ~んと用意してくれているんですね
たくさんの愛を注いでくださる周りの大切な方々に、そして愛に溢れた自分自身に、心から感謝…
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情けは人の為ならず
(2010年11月20日のブログ記事より)
11月14日に開催された、福岡 ・ 前原の “古材の森” での 『歴史講座第二話』。
ご参加くださった方々が、歴史の話以上に意外に喜んでくださったのが、10年近く前に私が実際に体験した話でした。
会場の古材の森から南を目指し雷山 (らいざん) を上っていくと、その中腹に
千如寺 (せんにょじ) というお寺があります。
千如寺のご本尊は、“雷山観音” と呼ばれる、それはそれは美しく見事、 千手千眼 (せんじゅせんげん) 観音。
観音さまの慈悲に触れると、ありがたくて涙が出そうになります。
千如寺では、四季折々の日本庭園の素晴らしさを味わうことも楽しみの一つ
ですが、特にこの時期は、樹齢400年の楓が最も美しいとき。
まるでこの世のものとは思えないほど美しいのです
ため息しか出てきませんよ![]()
さてさて、ここ千如寺が、一躍有名になったのは、今から10年近く前のこと。
『アンビリーバボー』 というテレビ番組に取材されたからなんです![]()
番組によると、千如寺で販売されている
「開運厄除サムハラ御守り」 を持っていた人たちが、
死んでもおかしくないようなすさまじい事故に遭っているのに、
本人はかすり傷ひとつ負っていない、
その代わり、御守りが真っ二つに割れているというのです。
もしこれが本当なら、まさに 「身代り御守り」 ですよね
残念ながら、私自身はこの放送を見ていなかったのですが、
たまたまその番組を見た群馬の友人が福岡に遊びに来たところから、
今回のドラマが始まります![]()
食事をしながら、友人に 「どこか行ってみたい所はある?」 と尋ねると、
彼女は身代り御守りの話を始めたのです。
けれども、彼女はお寺の名前を覚えていなくて、
キーワードは 「身代り御守り」と 「福岡の近くのお寺」 だけ。
ただ、テレビに出たぐらいだから、地元の人は知っているかもしれないと思い、
食事を運んでくれたウェイトレスさんに訊いてみました。
ウェイトレスさんの答えは…
「う~ん、なんとなく聞いたことがある気はするんですけどねぇ。
もしかしたら他のスタッフが知っているかもしれないので、
ちょっと訊いてみますね。」
……ところが、待てど暮らせど、ウェイトレスさんは戻ってきません。
もうタイムリミット![]()
と、会計に向かおうとした時、ウェイトレスさんが興奮しながら戻ってきました。
「わかりましたぁ
雷山にある千如寺です。」
「あの~、もしかして、いろいろ調べてくださったんですか?」
「はい、実はスタッフに訊いても誰も知らなかったので、福岡市役所に電話してみたんです。
でも、福岡市内にはそういうお寺はないって言われて…。
それで、
福岡周辺の市役所にいろいろ電話して、わかったんです。」
「そんなにまでして調べてくださったんですね。ありがとうございます
」
親切なウェイトレスさんに感動した私は、どうしても彼女にお礼がしたくて、
初めて訪れた千如寺で、「開運厄除サムハラ御守り」 を彼女のために買って、帰りに届けました。
ウェイトレスさんが喜んでくれたことは言うまでもありませんが…
それから2~3週間して、もう一度そのレストランに訪れた時、信じられない話を聞いたのです。
「わぁ、よかった…!!!!
私、今週でこの店を辞めることになったので、
辞める前にどうしてもお礼を言いたかったんです。
実は先日、バイクで事故ってしまって、
ガードレールに激突しちゃったんですよ。
あとで見たら、ガードレールがグニャッて曲がってて、
死んでもおかしくないような事故だったんです。
それが、この通り私の身体はピンピンしていて、
その代わり…」
と見せてくれた御守りを見て、びっくり![]()
真っ二つに割れていました![]()
それにしても、人に親切にしていると、寿命まで長くなるのでしょうか…。
「なんとなく聞いたことはあるんですけどねぇ。わからなくてごめんなさい。」
で終わっていたら、もしかしたら、ウェイトレスさんは、もうこの世の人ではなかったかも…(;し;)
というわけで、「人には親切にしておこうね」 というお話でした![]()
これぞまさしく 「情けは人の為ならず」 ですね
神さま同士の対話☆彡
(2011年1月31日のブログ記事より)
今や “清正の井戸” がパワースポットとして大人気、死後400年経って大ブレイクとは、清正本人もさぞやビックリしていることでしょう![]()
「賤ヶ岳の七本槍」 や朝鮮出兵での 「虎退治」 など、清正は武勇伝に事欠きませんが、その一方で、彼は築城・土木の名手であり、
さらに
貿易にも積極的に取り組むなど、領国経営にも成功し、知勇を兼ね備えた名将として、当時も今も、高く評価されています![]()
治水や築城などの土木工事は、農閑期を選び、あらかじめ決めておいた労働時間と労働賃金を守って行われたので、領民はみな喜んで協力したそうです。
通常、土木工事は民を圧迫するのに、清正公、お見事です![]()
知勇に加えて、“仁” の心も持っていたのでしょうね
さて、“天下の名城” と呼ばれる熊本城に、“経営の神様” 松下幸之助氏がお忍びで訪れた時のこと。
“武者返し” と呼ばれる独特の反り返った石垣を見て、その見事さを褒め、こう述べたそうです。
「この石垣は領民が力を合わせて造ったもの。だから素晴らしい。」
石垣を見ただけでそれがわかるなんて、さすが “経営の神様”…![]()
かたや清正は、“土木の神様” と呼ばれていますから、もしかしたら、
神さま同士の対話が熊本城で繰り広げられたのかもしれませんね![]()
本丸御殿の “昭君(しょうくん)の間” は、「将軍の間」 の隠語で、
天下人・秀吉の遺児である秀頼を迎えるために用意された部屋ではないかと言われています。
けっきょく、その願いも空しく、清正の死後4年で豊臣家は滅亡し、
その後、加藤家も取り潰しの憂き目に遭いました。
熊本城を訪れると、誰もが感動するのは、きっと名将・清正のさまざまな想いが、熊本城とともに生き続けているからなのでしょうね
『発酵道』で有名な『寺田本家』に行ってきました♪
(2011年1月13日のブログ記事より)
1月11日午前11時11分…
平日の昼間にもかかわらず、お店を埋める多くの “ファミリー”=お客さま に囲まれ、『魚串炙縁 (うおぐしあぶりえん)』 が船出しました☆彡
代表は25歳の住岡 健太クン
彼を中心に、20代・30代の素敵なメンバーが最高のチームを組んで、池袋にお店をオープンしました
接客、お料理ともにかなりのレベルです↑
オススメは、オープン記念の飲み放題 (2時間) つきで2980円のコースか、新鮮な魚貝たっぷりの鍋がついた3900円のコース。
デザートまでついて、しかも飲み放題…コストパフォーマンスが素晴らしいです![]()
さらに、私にとって嬉しかったのは、梅酒をはじめとした果実酒の種類が豊富なことです![]()
三重県を除く46都道府県から選りすぐりの果実酒を仕入れているそうです![]()
飲み放題だと、種類が限られますが、追加オーダーして飲みたくなる逸品揃いです
さてさて、今回の東京滞在は、毎日が充実してあまりにハッピーで、何から話していいか整理がつきませんが…
今日、訪れたのは、千葉県香取郡神埼町にある 『寺田本家 』 という、日本酒の蔵元。
社長が、『発酵道 』 という話題の本を出版なさったこと、そして無農薬のお米を使って莫大な時間と手間暇かけ、江戸時代と同じ自然の製法で酒造りに取り組んでいることで有名です。
今回、日本酒が造られる全工程を見せていただき、微生物から人としての生き方、そして宇宙観にいたるまで、本当にさまざまなことを感じ、考えるきっかけをいただきました。
皆さまにお伝えしたいことはたくさんありますが、最も印象的だったことを一つだけ書かせていただきますね。
皆さまご存知の通り、日本酒はお米から造られますが、このお米、炊くのでもなく、煮るのでもなく、「蒸した」 お米を使うんです。
「蒸した」 お米からでないと、新しい命は生まれないのだそうです。
そのことを知っていた日本人は、「むすび」 「むすこ」 「むすめ」
という日本語を誕生させたんですね![]()
日本文化の真髄は、全体を包み込む優しさ (=たおやめぶり)
だと思うのですが、それは新しい命を育む 「むすび」 がベースに
あるのではないかと思いました
今日は嵐の大野クンゆかりの酒造へ・・・♪
(2011年2月13日のブログ記事より)
近ごろ、プライベートがすっかり嵐づいてしまって、今日は佐賀にある天吹酒造に行ってきました![]()
嵐と酒蔵がどんなつながりがあるのかというと…
大晦日の紅白歌合戦で、司会を務めた嵐のメンバー5人が、
『僕達のふるさとニッポン』 と題して、日本の伝統や文化を追って、全国を旅した映像が、番組の中で紹介されたんです
マツジュンは沖縄の伝統染め物 「紅型」 の工房へ、ニノは北海道の農業高校、相葉ちゃんが京都の茶農家、櫻井クンは神奈川の宮大工の元をそれぞれ訪れたのですが、リーダーの大野クンが訪ねたのが、
佐賀の天吹酒造だったのです。
今日は、天吹酒造の蔵開きでした![]()
私は帰りの車 の運転担当だったので、試飲できませんでしたが、
先日お邪魔した千葉の寺田本家と同じように、「水の神様に護られているなぁ」っていう感じがして、まるで神社にいるみたいに清々しい気持ちになって…
そこにいるだけで幸せになれる空間があるって、本当にこの地球は素敵なところだなぁって思います![]()
帰りに、車の窓から、うっすらと雪をかぶった脊振山が見えました。
きっとこの脊振山の雪解け水が、天吹酒造のおいしいお酒になるんだろうなぁ
山や川や海に、あらためて感謝したい…
それに太陽と月と星にも…
きっと、私たちが一人では生きていけないように、地球という星も、太陽や月やほかの星たちに支えられているんじゃないかと思うから。
天吹酒造では、酒蔵を案内していただいたのですが、意外にも、
10代・20代の若い女の子たちばっかり…![]()
さすが、嵐の影響力はスゴイ![]()
私、きっかけは、嵐が好きとか、何でもいいと思うんですね。
それが入り口となって、若い人たちが、日本の伝統や文化を知ってくれたら、とっても嬉しいです
紅白歌合戦では、嵐のメンバーが自ら撮影した、全国の人たちの
笑顔の写真が披露され、『ふるさと』 というとっても素敵な歌が
流れました
一度聞いただけでいつまでも心地よく耳に残る、とても印象的な
歌です。
この歌には、今回の旅で嵐のメンバーが感じたそれぞれの想いが
織り込まれているんですって![]()
とっても素敵な歌詞なので、皆さまとシェアさせてくださいね![]()
————————————————-
夕暮れせまる空に 雲の汽車見つけた
なつかしい匂いの町に 帰りたくなる
ひたむきに時をかさね おもいをつむぐ人たち
ひとりひとりの笑顔がいま 僕のそばに
めぐりあいたい人がそこにいる
やさしさ広げて待っている
山も風も海の色も 一番素直になれる場所
忘れられない物語がそこにある
手と手をつないで口ずさむ
山も風も海の色も ここはふるさと
めぐりあいたい人がそこにいる
やさしさ広げて待っている
山も風も海の色も ここはふるさと
君のふるさと 僕のふるさと
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九州一のパワースポット発見!!
(2011年3月8日のブログ記事より)
今日は、仕事の打ち合わせで佐賀県唐津市へ…
なにげなく駅の観光案内所に立ち寄ってみたら、年輩の女性スタッフが、旧高取邸について説明してくださいました。
唐津城本丸の西南の海岸沿いに広がる2300坪の広大な敷地に、洋間を含む見事な和風建築と庭園を持つ大邸宅があります。
ここは、炭鉱のオーナーで資産家だった高取家の邸宅。
意匠を凝らした杉戸絵や欄間、大広間には能の舞台…![]()
明治時代後期、“石炭王” と呼ばれた男の、美学が貫かれたその邸宅は、
一見の価値アリです![]()
私が感動したのは、旧高取邸が素晴らしいからではありません。
説明してくださるスタッフの方の表情や言葉の端々から、
「唐津に生まれ育ったことが誇らしい、唐津が大好き」
という想いが伝わってきたからです
本当のパワースポットは、みんながパワーをもらいに来る所ではなく、
生まれ育った人や住んでいる人が、その土地を心から愛し、その土地にプライドを持つから、
そこがパワースポットになっていくのだと思います。
今回お会いしたスタッフの方に限らず、唐津の人って、みんな唐津が大好きなんですよね![]()
風光明媚で、食べ物も美味しくて、住む人が穏やかで温かく、歴史の風が薫る町…。
唐津は、ジャック=マイヨールやトム=クルーズにも愛されているんです。
そして、なんと私たち夫婦が新婚旅行で訪れた土地でもあるのです![]()
福岡に引っ越してきてからは、よくドライブの途中に立ち寄っていましたが、
今回、仕事でもご縁を結ばせていただいて、とっても嬉しいです
明日は、2ヵ月ぶりに病院で検診を受けます。
私がいる所がパワースポット…![]()
病院をパワースポットにかえてきますね~![]()
糸島で、夏を満喫中☆彡
(2011年8月6日のブログ記事より)
昨日は、たくさんの方が 『アサカツ』 の歴史講座をお聞きくださって、本当にありがとうございました
なんと遠くイギリスで聞いてくださった方もいらっしゃるんです![]()
一方通行ではありますが、皆さんと繋がることができて、本当に嬉しいです
昨日聞き逃したという方も、まだあと8回ありますし、一話完結でお話しさせていただいているので、次週からお聞きいただけたら嬉しいです☆彡
さてさて、今日は、家族で糸島に遊びに来ました
福岡市内から車で小1時間。
海があって、山があって、野菜も魚もお肉も美味しい糸島は、初めて来た時から大好きで、友人が福岡に遊びに来てくれるたびに案内しています。
なぜか郷愁を感じるんですよね
“日本人のふるさと” みたいな…。
私は、何の根拠もありませんが、もしかしてここに邪馬台国があったのではないか…と、直感で思ったのですが、
さまざまな文献を紐解いて、研究に研究を重ね、邪馬台国は糸島にあったという確信を持っていらっしゃる、
市井の古代史研究家・生野 眞好 (しょうの まさよし) さんに先日お会いして、とても興味深いお話を伺いました![]()
生野さんは、古事記や日本書紀だけでなく、魏志倭人伝の原書まで解読なさっていて、その説には、すごい説得力があるのです。
また、機会を見つけて、私のブログでも生野さんの説をご紹介していきたいと思います
私は、歴史そのものに興味があるというよりは、幸せに生きることに興味があります。
そして、みんなが幸せに生きるためのヒントが、歴史の中にあるとしたら、幸福感の感じられる日本史を伝えていくことが、私の役目の一つなのかなぁ~と思っています。
生野さんの専門的な研究と、私の歴史観が、今後どのようにコラボしていけるのか、私自身も楽しみです![]()
今夜はこのまま糸島に一泊します。
糸島は自宅から近く、日帰りのドライブばかりしていたので、夜の糸島を満喫できるのが嬉しいです![]()
実は、私たち家族が泊まる場所は、糸島の隠れ家で、先日、天才コピーラーターのひすいこたろうさんにも泊まっていただき、大絶賛していただいた所なんです![]()
家主のオーケーが出たら、秘密の隠れ家を公開しますね
博多銘菓「通りもん」誕生秘話☆彡
(2011年9月25日のブログ記事より)
けさ届いた 『月刊 致知』のメルマガ、あまりに感動したので、皆さんとシェアさせていただきますね![]()
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
■医師からの宣告
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
主人が肝硬変と診断されたのは昭和54年、結婚して間もなくの頃でした。
「あと10年の命と思ってください」という医師の言葉は、死の宣告そのものでした。
主人は福岡の菓子会社・明月堂の五男坊で、営業部長として会社を支えていました。
その面倒見のよさで人々から親しまれ、たくさんの仕事をこなしていましたが、無理をして命を落としては、元も子もありません。
私は「まずは身体が大事だから、仕事は二の次にして細く長く生きようね」と言いました。
しかし主人は「精一杯生きるなら、太く短くていいじゃないか」と笑って相手にしないのです。
この言葉を聞いて私も覚悟を決めました。
10年という限られた期間、人の何倍も働いて主人の生きた証を残したいと思った私は、
専業主婦として歩むのをやめ、会社の事業に積極的に関わっていきました。
30年前といえば、九州の菓子業界全体が沈滞ムードを脱しきれずにいた時期です。
暖簾と伝統さえ守っていけばいいという考えが一般的な業界の意識でした。
明月堂も創業時からの主商品であるカステラでそこそこの利益を上げていましたが、
このままでは将来どうなるか分からないという思いは常に心のどこかにありました。
そこで私は主人と一緒に関東・関西の菓子業界を行脚し、商品を見て回ることにしました。
そして愕然としました。
商品にしろ包装紙のデザインにしろ、九州のそれと比べて大きな開きがあることを思い知らされたのです。
あるお洒落なパッケージに感動し、うちにも取り入れられないかとデザイナーの先生にお願いに行った時のことです。
「いくらデザインがよくても、それだけでは売れませんよ。
それに私は心が動かないと仕事をお受けしない主義だから」
と簡単に断られてしまいました。
相手の心を動かすとはどういうことなのだろうか……。
私たちはそのことを考え続ける中で、一つの結論に達しました。
それは、いかに商品が立派でも、菓子の作り手が人間的に未熟であれば、真の魅力は生まれないということでした。
人づくりの大切さを痛感したのはこの時です。
■「博多通りもん」の誕生
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
以来、菓子屋を訪問する際には、売れ筋の商品ばかり見るのではなく、オーナーさんに直接会ってその考え方に触れることにしました。
しかし、同業者が突然訪ねていって、胸襟を開いてくれることはまずありません。
行くところ行くところ門前払いの扱いでした。
忘れられないのが、神戸のある洋菓子店に飛び込んだ時のことです。
そのオーナーさんは忙しい中、一時間ほどを割いてご自身の生き方や経営観を話してくださったのです。
誰にも相手にされない状態が長く続いていただけに、人の温かさが身にしみました。
人の心を動かす、人を育てるとはこういうことなのかと思いました。
いま、私たちの長男がこのオーナーさんのもとで菓子作りの修業をさせていただいています。
全国行脚を終えた私たちは、社員の人格形成に力を入れる一方、それまで学んだことを商品開発に生かせないかと社長や製造部門に提案しました。
そして全社挙げて開発に取り組み、苦心の末に誕生したのが、「博多通りもん」という商品です。
まったりとしながらも甘さを残さない味が人気を博し、やがて当社の主力商品となり、いまでは博多を代表する菓子として定着するまでになっています。
「天の時、地の利、人の和」といいますが、様々な人の知恵と協力のおかげでヒット商品の誕生に結びついたことを思うと、世の中の不思議を感ぜずにはいられません。
■「父を助けてください」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ところで、余命10年といわれていた主人はその後も元気で働き続け、私も一安心していました。
しかし平成15年、ついに肝不全で倒れてしまいました。
手術で一命は取り留めたものの、容態は悪化し昏睡に近い状態に陥ったのです。
知人を通して肝臓移植の話を聞いたのは、そういう時でした。
私の肝臓では適合しないと分かった時、名乗り出てくれたのは当時21歳の長男でした。
手術には相当の危険と激痛が伴います。
万一の際には、命を捨てる覚悟も必要です。
私ですら尻込みしそうになったこの辛い移植手術を、長男はまったく躊躇する様子もなく
「僕は大丈夫です。父を助けてください」
と受け入れたのです。
この言葉を聞いて、私は大泣きしました。
手術前、長男はじっと天井を眺めていました。
自分の命を縮めてまでも父親を助けようとする息子の心に思いを馳せながら、私は戦場に子どもを送り出すような、やり場のない気持ちを抑えることができませんでした。
そして幸いにも手術は成功しました。
長男のお腹には、78か所の小さな縫い目ができ、それを結ぶと、まるで「人」という字のようでした。
長男がお世話になっている神戸の洋菓子店のオーナーさんが見舞いに来られた時、手術痕を見ながら
「この人という字に人が寄ってくるよ。君は生きながらにして仏様を彫ってもらったんだ。お父さんだけでなく会社と社員と家族を助けた。この傷は君の勲章だぞ」
とおっしゃいました。
この一言で私はどれだけ救われたことでしょう。
お腹の傷を自慢げに見せる息子を見ながら、私は「この子は私を超えた」と素直に思いました。
と同時に主人の病気と息子の生き方を通して、私もまた大きく成長させてもらったと感謝の思いで一杯になったのです。
秋丸由美子(明月堂教育室長)
『致知』2007年5月号「致知随想」
※肩書きは『致知』掲載当時のものです。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
私はもともと “通りもん” が大好きでした (和菓子なのに、バターの風味が効いていて、そのバランスが絶妙なんです
) が、この感動秘話を知って “通りもん” を味わったら、きっとさらに美味しく感じますよね
それにしても、日本人って、素晴らしいですね![]()
商人には商人の道があり、職人には職人の道があり、すべての職業に “道=生き方” がある…。
私たちは、お金を払って物を買うのではなく、きっと、こういうストーリーを消費しているんでしょうね。
朝から感動で始まる一日…今日もいい日で、幸せだなぁ
さぁ、今夜は “太宰府 古都の光”。
ご一緒に、美しくライトアップされる天満宮や観世音寺を眺めながら、実りの秋に感謝しませんか?
自然災害の多い2011年、私達の感謝と祈りが天に届きますように
私の歴史講座は、午後1時30分から3時まで、太宰府館で行われます![]()
本来は完全予約制なのですが、お席には余裕がありますので、もしご参加いただける方がいらっしゃいましたら、受付で私を呼び出して下さい。
ご参加いただけるように、主催の方にお願いしてみますね![]()
では、3連休の最終日、皆さま笑顔で素敵な一日をお過ごし下さい
みやま市で初公演!
(2012年2月22日のブログ記事より)
今日はみやま市の生涯学習課に呼んでいただき、初めてみやまを訪れ、講演させていただきました![]()
戦国の華・立花宗茂ゆかりの土地だけあって、皆さん歴史に造詣が深く、しかも熱い![]()
今までにないぐらい質疑応答が盛り上がり、来月の講演が一層楽しみになりました
今回は、「歴史から紐解く 日本人のDNAに合った夢のかなえ方」 をテーマにお話しさせていただきましたが、次回3月21日は、「先人に学ぶ 絆の紡ぎ方」 がテーマです。
皆さんに喜んでいただけるように、立花宗茂についてしっかり勉強していこう~っと![]()
この講座は2回シリーズで、参加無料ですが、みやま市在住というのが参加の条件になります。
条件をクリアしていて当日ご都合のつく方は、ぜひ…![]()
今日、講演が終わったあと、この講座の企画をしてくださった職員の方と一緒に、清水寺へ…。
そこで伺った話に、私は胸を打たれました
みやまには、平家の落人伝説がありますが、それが史実であることを裏付けるかのように、「平さん」 というお名前の家が多いのだそうです。
でも、その 「平」 姓と同じぐらい多いのが、「坂梨(さかなし)」 姓なんですって。
さかなし…?
「坂が無い=平ら」 を意味しているんですね。
きっと、「平」 姓を名乗ったら、生きにくい世の中だったんでしょうね(;し;)
なんだか切ないなぁ。
それから、みやまには 「加藤」 さんも多いそうですよ。
「加藤」 というのは、「次こそ勝とう
」 という意味。
彼らは、平家の末裔というプライドを保ちながら、うつりゆく時代の流れの中で、 「生きる」 ことを決意したのでしょうね。
歴史は、けっして過去のものではないんですね![]()
いまも生き続ける歴史の重みというものを感じた午後でした。
3月24日(土)の仙台の 『今いちばん受けたい日本の授業』、好評につき定員を増やしたので、ぜひお越しくださいね![]()
旅行クラブつくっちゃいます!!
(2012年4月10日のブログ記事より)
4月8日(日)、満開の桜と春風に見守られて、萩ツアーに行ってきました![]()
行きの車内では、バスガイド役を買ってでて、松陰先生や高杉晋作をはじめ松下村塾についてバッチリ事前学習したあと、いよいよ萩城下の散策と松陰神社参拝![]()
ここで、ありえないことが起こりました
な、なんと、松陰先生が講義をしていたお部屋に、特別に入らせていただいたのです
150年の時を超えて、松陰先生の、門下生たちの息遣いが肌で感じられたような気がして、何とも言えない感動を味わいました
今回のバスツアーは、普通に見に行くだけでも素敵なコースだったと思いますが、ひすい こたろうさんと私、そして参加者の一人だったのにいきなり講師としてしゃべらされた富田 欣和(よしかず)さんの、ちょっぴりマニアックで個性的な視点に立ったな解説付きだったので、おもしろさが倍増したんじゃないかと自負しています。
ご参加くださった皆さまの笑顔と喜びの声に背中を押されて、ついに旅行クラブを立ち上げることにしました![]()
次回は7月7~8日、鹿児島と知覧を訪れます。
詳細は後日お知らせしますね![]()
今回の萩ツアーで数々のファインプレーを演じてくださった太田黒さんが、久留米 和ごころ塾の第2期を企画してくださいました。
募集も開始しているので、太田黒さんのフェイスブックをご参照ください。
田原坂
(2012年4月30日のブログ記事より)
ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか?
私は、28日に熊本の玉名温泉に一泊し、29日には、田原坂、熊本城をめぐって福岡に帰ってきました![]()
田原坂は、初めて訪れました![]()
西南戦争で最も激しい戦闘が繰り広げられた場所。
薩軍、官軍、ともに多くの死傷者が出ました。
ここを訪れたのは、宿泊地の玉名から近いということもありますが、それ以上に、現代社会の問題点をあらためて考えてみたかったからです。
歴史上、明治政府は、薩軍を単なる 「反乱軍」 と見なし、これを鎮圧することによって、明治政府転覆の危機を免れた…ということになっています。
でも、薩軍は、本当に政府を倒そうと思ったのか…?
私は、違うんじゃないかと思っています。
彼らには、政府を倒すつもりはなく、政権を担う人たちに、何か訴えたいことがあったんじゃないか…。
彼らが政府の要人たち伝えたかったこと。
それは…
「あれだけの犠牲を払って革命を成し遂げたのに、この体たらくは何なのか」 ということだったんじゃないかな。
近代化は必要だろうけど、近代化=欧米化なのか!
日本人の心を捨て、贅沢な暮らしをして、数々の収賄事件も起こしている。
こんな世の中をつくるために、多くの志士たちが死んでいったわけではない。
そんなことを伝えたかったんじゃないかな…って思うんです。
ところが、明治政府は、彼らを単なる反乱軍にしてしまい、その口を封じてしまった。
ここから、政治家と官僚が組んで、利権を追い求める…という構図が出来上がったんじゃないかと思うんですね。
今の政治というのは、この流れの上にあるわけですから、現代社会の問題点を洗い出そうとするなら、当然、西南戦争までさかのぼらないと…と、思ったんです。
西南戦争で亡くなった方々の御霊に、より良い日本にしていくことをあらためて誓った連休前半でした![]()
「人間は自分の生きている世の中はゆがんでおり、不均等であり、濁っており、不正当であると、常に思っている。
かつては均整のとれた、正しい姿を持った世があったと思っている。
しかし、実存するものはすべて個性的であるが故に、常にゆがみ、常に濁り、常に動揺しているものだ。
完全な世の中などというものはこれまでもあったことがなく、これからもあり得るものではないのである。
だから、完全とは人間の観念の中にしかないものであると知ることは、悟りの一段階である。
この実在を直下にとらえても失望することなく、少しでも状態をよくして行くことにつとめる者がいたら、悟りの二段階に達したのである。
不完全をいとわず、完全を望まず、しかも一切の行動云為がしぜんに完全に向かっての歩みとなっている人がいたら、大悟の域に達しているといえるであろう。」
これは、海音寺潮五郎氏の 『天と地と』 に出てくる言葉です。
これこそが、歴史の真実なんだろうなぁと思います。
大悟にはまだまだですが、せめて悟りの二段階を歩めるように、微力ながら自分にできることを心をこめてやり続けていこうと思います![]()
博多っ子のセンスを極めるチャンスです♪
(2012年5月16日のブログ記事より)
食べ物がおいしい![]()
海があって、山があって、温泉があって…最高![]()
福岡を訪れた多くの人は、その魅力のとりこになりますが(実は私もその一人
)
福岡の最大の魅力は、「人」 なんじゃないかなぁ
オープンで裏表がなく、よそ者を温かく迎え入れる。
街をあげて祭りに興じる(もうすぐ山笠の季節ですね
)。
困っている人を見たら放っておけない。
人に頼まれるとイヤとは言えず、ひと肌ぬいでしまう。
損得を考えず、人生を楽しむ![]()
私のイメージの中では、博多っ子って、こんな感じです![]()
でも…あれれ?
これって、江戸っ子の気質にとてもよく似てる![]()
東京から転勤で来た人の多くが、福岡に永住したいって思うのは、古き良き江戸の姿が福岡には残っているからだと思うんですよね![]()
…っていうか、たぶん、日本文化のルーツが博多にあるんじゃないかな、という気がしているんです。
このことに関しては、また次の機会に詳しくお伝えするとして…
5月19日(土)、粋でいなせな江戸しぐさを現代に伝える越川 禮子先生が、来福されます![]()
で、なんとなんと、岩田屋コミュニティカレッジで、一日限りの江戸しぐさの講座を開講なさるんです。
さっきも言ったように、江戸の文化と博多の文化って、共通点がたくさんあります。
江戸文化の生き証人のような越川先生のお話を直接耳にし、先生の空気管に触れることで、博多っ子のセンスが磨かれること、間違いありません。
博多っ子のセンスを極めたい方、岩田屋コミュニティカレッジでお会いしましょう
越川先生は、江戸しぐさの語り部であると同時に、女性起業家の草分け的存在でもいらっしゃいますので、
感性のいい方は、きっと経営者としての発想も学べると思いますよ![]()
びわ湖 花街道さん☆彡
(2013年6月5日のブログ記事より)
滋賀県は、戦国時代に幾多の名将を輩出した地であり、万葉集に出てくる私の大好きな歌の舞台にもなった所、
さらには日本の陽明学の祖と言われる中江藤樹先生のふるさとでもあり、歴史好きにはたまらない魅力があります![]()
その滋賀県下で、ナンバー1旅館の呼び声が高いおごと温泉のびわ湖花街道さん![]()
今年2月に初めて泊まらせていただきました
何と言ってもお風呂が素晴らしく、食事も絶品、そしてスタッフの皆さまのとびっきりの笑顔と温かい心遣いがとても嬉しくて、
それ以来、わが家の合言葉は「またおごと温泉に行きたいね」。
そのびわ湖花街道さんの経営方針発表会が開催された昨日、光栄なことに、スタッフの皆さまに講演させていただく機会を得ました
会場に着くと、ひまわりのように明るい女将の笑顔が…![]()
講演に先立ち、女将がどんな発表をしたのかを聞いて、感激しました![]()
女将は、“4つのS”を提唱したとのことですが、この4つのSが、まさに私が話そうとしていた内容と一致したからです。
「スマート」「シンプル」「スピード」「シェア」。
実は、「粋」という概念を外国語に訳すときにポイントになるのが、この4つのSなんじゃないかと思うんですね。
何の打ち合わせもなかったのに、こんなふうにシンクロするなんて、感激したなぁ
花街道の皆さま、素敵なご縁を本当に有り難うございました![]()
また泊まりにまいりますね![]()
これが5500万円のお宝なり~!
(2014年4月14日のブログ記事より)
春霞の彼方に臨む霊峰・富士、駿河湾の白波、茶畑の鮮やかなグリーン…。
これが日本なんだなぁ~![]()
富士山静岡空港に着陸するとき、視界に飛び込んできた美しい景色に、涙が出る思いでした![]()
静岡での講演会場は、丸子の宿場の丁子屋(ちょうじや)さん![]()

創業は1596年ということですから、関ヶ原の4年前![]()
以来、とろろ一筋400年。
古民家の雰囲気、白みそを加えた絶品のとろろに加え、この丁子屋さんには、スゴイお宝があるのです![]()
安藤広重が描いた、東海道五十三次の絵です。

鑑定団でなんと5500万円の値がついたお宝を拝ませていただけるんですよ![]()
55枚の絵(五十三次というのは、中経点が53ということなので、日本橋と京都が加わって、広重の絵は全部で55枚あるんです。そして丁字屋さんには、55枚すべてが揃っているんです!)が、3週間ごとに1枚ずつ展示されるそうです![]()
お近くにお住まいの方は、3週間ごとに食事に行けば、一年ですべてのお宝を拝めますね~
きっと寿命が延びますよ(笑)
台湾ツアーをご一緒した山本さん、天野さん、そのほか静岡、愛知、神奈川の各地から駆けつけてくださった皆さま、本当に有り難うございました
主催の大山さん、スタッフの皆さま、そして丁子屋の13代目・14代目には、大変お世話になりました。


台湾から帰国して初の講演会、忘れえぬ一日になりました![]()
福岡でも台湾ツアーの報告会をやりますので、お楽しみに…
歴史と海峡の街、下関を元気にするプロジェクト。ウズハウス・クラウドファンディングのお知らせ♪
(2016年1月27日のブログ記事より)
「ウズハウス」のことを、ぜひ知ってください![]()
そして出来ましたら、皆さまの出来る範囲でのご協力をお願い致します
40年に1度という大雪の日に、山口県の下関で「ウズハウス」のミーティングに参加させていただきました。
「ウズハウス」とは関門海峡を見渡す下関に立ち上がる予定のゲストハウスやイベントスペースなどの複合施設の名前です。
コンセプトは、関門海峡の渦のように歴史と現代、住民と旅人、アイディアとアイディア、様々なものが渦を巻き交差する場所という意味です![]()
下関は、源平合戦の決着の地である壇ノ浦や、武蔵と小次郎が決闘した巌流島、幕末明治維新の一翼をになった維新回天の地など、様々な歴史的魅力に溢れています。
「歴史と現代を交流する」というのは、今を生かされている私たちが、先人の生き様、志に触れることを意味していると思います![]()
ウズハウスのプロジェクトメンバーには、日本のファーストレディ安倍昭恵さんもいらっしゃいます
昭恵さんご自身も、夢や目標を描くより「今、ここ」に全力で打ち込み、気づいたら天命に運ばれて前に進めていたという「天命追求型」の人生を歩んでいらっしゃるとおっしゃっていました。
昭恵さんは、山口(長州)でお米をつくっていらっしゃいます。
そして、なんと会津の酒造会社さんと提携してお酒を造られました。
そのお酒の名前は「やまとのこころ」。
長州のお米を会津でお酒にする。なんて粋な取り組みなんでしょうか![]()
こんなに粋で、素敵な融和を実現されている昭恵さんの大きな志に、とても感動しました。
昭恵さんの生き方をうかがっていると日本人がずっと大切にしてきた「受けて立つ」という生き方を感じます。
受けて立つ人生は、険しいです。
自分がやりたいことを目標にして、その実現を目指す生き方よりもはるかに険しい人生です。
どんなことが降りかかって来ても受けて立つわけですから、得意不得意や、好き嫌いで選ぶことをせず、目の前に現れた現実をすべて受け入れて、今、この場で出来る最善を尽くし続ける。
「ウズハウス」は、昭恵さんの「受けて立つ」という在り方の現れだと感じます。そしてこの場所は、これからの時代の渦の中心になる、そんな予感がしています。
私も、ウズハウスでの講演会やセミナーなどを通じて、歴史とうい側面からこのプロジェクトに光をあてて、日本人の誇りを思い出し、先人から受け継いできた「志のリレー」を果たす拠点になるように、私にできる限りのことをやらせていただこうと心に決めました![]()
実は、このウズハウス、実現のためには越えなければいけないハードルがいくつもあり、現在、クラウドファンディングという方法で皆さまの支援を集めているところです。
私も微力ながら、支援をさせていただきました。
もし、ご理解とご協力をいただける方がいらっしゃいましたら、このウズハウスのプロジェクトを通じて、私たちの仲間に加わっていただけたら嬉しいです
「ウズハウス・クラウドファンディング」ページ
https://readyfor.jp/projects/uzuhouse
日本有数のパワースポット・鹿島神宮の鳥居のヒミツ
(2017年8月26日のブログ記事より)
福岡には「三社参り」といって、初詣のとき、三つの神社をはしごして参拝する風習があります![]()
埼玉出身の私は、「神様がけんかしないのかしら」と不思議に思ったものですが、実は、関東にも、同じ「三社参り」の風習が存在していたんですね~。
「三社参り」の風習が残るのは、関東地方東部の利根川下流域で、香取神宮(千葉県香取市)、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)、息栖(いきす)神社(茨城県神栖(かみす)市)の三つの神社を総称して「東国三社」と呼びます。
東国三社のご祭神は、ともに、「国譲り」神話に由来していますが、特に香取、鹿島については、創建時に「神宮」と呼ばれたのは、他には伊勢の神宮のみであり、格式の高い神社とされています。
息栖神社も含めた三社を参拝するのが「東国三社参り」、私も今年の7月にお参りしてきました
どの神社も、古い歴史と地元の方々の信仰に支えられ、訪れる者の心を何とも清新にしてくれるのですが、
私が特に心に深く刻んだのは、鹿島神宮でした![]()
覚えていらっしゃいますか?
あの東日本大震災のとき、鹿島神宮の鳥居が倒壊してしまったのを。
石でできた鳥居だったんですよ![]()
それが粉々に…。
鹿島神宮は「日本国を守る武の神様」と言われていましたから、
その鳥居が倒壊したということは、ついに日本国の二千年以上に及ぶ長い歴史がここで終わるのか、
日本崩壊か…と、多くの人が嘆き、心を痛めました。
その鳥居が、およそ三年後に再建されたのです。
石の鳥居も重厚なイメージで素晴らしかったのですが、再建された木の鳥居も、とても清々しくて素敵ですよ
さて、問題はここからです。
鳥居は、それはそれは立派な四本の大木からできています。
動物占いがコアラですぐにコストパフォーマンスが気になる私は、
「この木の鳥居、いったいいくらかかったんでしょうかね~」と、地元の方にきいてみました。
答えは……
「通常は、一本につき数千万、本来なら全体の材料費だけで、億をくだらなかったでしょうね」
「それはそうでしょうね」とうなずいたものの、
「うん? 本来ならって、どういうことですか?」
「実は、鹿島神宮は、日本で初めて植林されたという、記録を持つ場所なんですよ。
古来、この地域は交通の便が悪かったので、もしものことが起こり、木材が必要になったときに、他の場所から運んでくるのは大変だからと、万が一の時に備えて、植林をしたというんです。
今から千年以上前の話です。
その木材を使ったので、材料費はゼロなんですよ。
もちろん工場と神宮の間の輸送費や工場への支払いはかかりましたけどね」
私は魂が震えました![]()
未来に生きる私たちのことを思い、千年に一度起きるかどうかわからない災害のために、植林をしてくれていた先人たちがいた![]()
さらに、彼らの思いが語り継がれていたことが素晴らしい、と
もし、この伝承が途中で途切れてしまっていたら、ご神域の木を伐り倒して鳥居にすることを、私たちは躊躇し、きっとできなかったと思います。
先人たちの思いが継承されてきたからこそ、この鳥居再建は果たされたのです。
きっとこの先も、日本国は武の神様によって守られていくでしょうね
もしかしたら、震災による鳥居の倒壊は、先人たちからのメッセージを私たちに思い起こさせ、さらなる未来に向けて確かなものにするためだったのかもしれません。
きっとこの伝承する力が、文化の本質なんですね![]()
東国三社参りは、日本文化の素晴らしさを再確認する機会でもあります![]()
しかも、香取神宮の近くには伊能忠敬記念館もあるので、一人でも多くの人に訪れていただけたら嬉しいです![]()
準備中です